でぺ伊勢まん

KUDAN Projectの2人芝居、「真夜中の弥次さん喜多さん」を観劇。
いやー、面白かった。
仕掛け満載で。
相変わらず言葉遊びのオンパレードだった。
やっぱり「死」が出てきたし。


どこかの劇評にもあったが、なにか演劇への問いかけをもしているように思えた。
これもどこかの劇評で、コラージュの話が出てたが、まさに空間・時間を切り貼りしているかのようだ。
帰りに購入したエルンストのコラージュ・ロマン、「カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢」のコラージュ論に書いてあったが、・・・・。
まあ、いいや。
早い話がデペイズマンだ。
「一見結びつきそうもない二つの実在がむすびつくこと」で、そこにリアルを垣間見る。
つまり本質だ。
非日常性の中でこそ、その”本質(リアル)”が際立ってくる。
しかし、天野演劇は偶然性よりも連続性によってそれを行っている気がする。
・・・。
まとまんないや。


つまりコレは「弥次喜多」を通して演劇(表現)を追求する物語じゃないのか?

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喜多さん役の小熊ヒデジさんに例のポスト・カードを渡す。
喜んでいただけたようで何より。
でも言いたいこと伝え忘れた。
誰も見てないけどあえてここで言おう。


「小熊さん、すごくセクシーでした」